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2011年04月17日

韓国で生活しながら

暫く更新の手が止まってしまっていました。
正確に言うと記事を書いていなかったわけではなく、公開するに至らなかっただけだともいえます。

現在の日本の状況や国民の痛みを思うと、何事も無く生活をしていること事態がなんだか申し分けないと言う思いがしてしまうからです。


日本のことを思えば涙が出てきますし、今でも震災で犠牲になった多くの人達が体や心の痛みをこらえながら生活しているということはインターネットや韓国に住む日本人の主婦達から入ってくる生々しい情報を聞いて痛いほど良く分かっています。

海外に住んでいるから「我が国」のことはどうでも良いと思いながら生活している人は私の知っている人の中には一人もいません。皆、心を痛めながら生活しています。

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しかし、だからと言っていつまでも周りの励ましを受けなければならない様な落ち込んだ姿を見せながら生活するわけにも行きませんし、授業や生徒に対する熱意を持って取り組まなければならない日本語の先生と言う立場の仕事をするためにはかなりのエネルギーが要ります。

日常生活の中で、自分自信が楽しい気持ちを持てるための生活をし、テンションを高めてから授業に臨んでいかなければなりません。

そのためには、悲しく辛い思いを押し殺してでも、普段以上に何かに取り組み、明るく堂々とした姿を見せていくことがここ(韓国)で生活しながら周りの人達に「日本」を伝えていくことだと思っています。

もちろん言葉や文章で伝えていくことも必要かもしれません。
しかし、口ではいい言葉ばかり行っても行動が伴わない人を見るとどうでしょう。そういう人は認められるどころか信頼を獲得することができませんし、かえって悪評を買ってしまいます。

私はそうはなりたくありません。
「日本はこうだよ。」「日本はこういう国で、日本人はこういう国民性を持っているんだよ。」という話よりも私自身の言動や行動、表情や人に対する接し方、問題が発生したときの判断や対処、何かに悩んでいる人がいれば慰めたりアドバイスをしたりするなどの日常での人間関係自体が日本を伝えていくことだと思っています。

何らかの形で韓国に来た日本人がいるとしたら、その人数が多ければ多いほど良いと思っています。

それは、その人達が日本や日本人の評価を落として生活していないと信じているからですし、その人たちの生活自体が日本の良さを伝染病のように周りに伝えていると分かっているからです。

歴史的な問題から、日本や日本人に対して批判的に見る人達もまだいますが、「目には目を」とそれに対して批判で返していけば反感を買ってしまうだけで何の発展も無いと思っています。

日本は韓国の主張やわがままな態度を感じたとしても、兄弟喧嘩をするのではなく、それを包容力のあるお兄さんのような立場で包んでいくことができれば韓国の日本に対する姿勢は変わってくると感じます。

そしてそうなることで、韓国に住む日本人たちの日韓問題に関する葛藤や韓国の報道を見ながら感じる苛立ちなどから開放されるのではないでしょうか。

日韓の問題はそんなに簡単なものでは無いという事は十分に分かっていますし今はその日本が深い傷を負って苦しい立場にいますのでそんな余裕もないと思いますが、再建して更に強い国家になっていけば日本はそれが十分に可能な国になると思います。


今は、普段の生活を送りながら一日も早く日本国民の肉体的、精神的痛みから解放されることと、国全体が正常な機能を回復していくように祈ります。




私はブログを書きながら個人的に思っていることを書いているだけなので、「私はこう思う」「これは間違っている」などのアドバイスがあれば大歓迎ですのでコメントをいただければと思います。
公開するような内容でなければメールを送っていただいてもかまいません。

韓国の方も見ているブログですし、敏感な内容なのでコメントは「承認後表示」に変えさせていただきます。

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posted by hisami at 08:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 日韓社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日韓問題は、結論を言えば、解決は可能であると考える者である。
情報の科学と言うものがある。同じ様な情報を基にすると同じ様な結論になると言う事である。
そして左右偏らず、中立の客観的視点において、正しい答に近づくものである。
しかし様々な情報の享受と自由な言論の環境においてのみ、民主主義基盤は確保され、そうでは無い社会では衆愚政治となる。
これが背景となり問題は膠着している。
答を出すのは国民であり、責任を取るのも国民である。だから精査する能力が必要であり、偏らない全ての情報が必要なのであり、教育が大切なのである。

あくまで民を土台とする発想から生まれる環境が民主主義なのである。政権や政策はそれらに基づくものであり、この主旨を間違えると、国民主権ではなくなる。形骸化である。

グローバル化した現在、情報の透明性は増加傾向にある。国交の密着度は、友好政策の未来思考において変化する。世界の発展と共に、アジア各国も進展しており、日本外交は、将来の国家外交を考えれば、より関係構築の将来展望のある国家へとシフトされるだろう。
関係構築は、相互の多くの努力の上に成り立つものである。片方だけの友好的政策や、一方向性の基準だけでは、成り立たないのではないだろうか。
クラスの人間関係と同じであり、集落の付き合いと同じである。より仲の良い関係は、深まるのではないだろうか。どの様な進路を選ぶのかは、やはり国民ではないだろうか…。
Posted by 三田 at 2012年03月21日 04:43
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